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外国語の“会話”とは? -構築的会話の展開・前回のブログの発展形-

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こんにちは。すごい久しぶりに連チャンでブログを書いてみます。

理由は前回のブログである程度の反応を頂き、また自分自身で言い足りないと思う事があるから。

そして何より今週はマジメに早々に授業準備を終えてしまい、時間があるから(←ヒマ?)。

今日は自分(が勝手に)描く『外国語の会話』について話そうと意気込む、やんぶろです。


前回のブログで書いた『コミュニケーションとしての会話』(前回のブログは↓にある!)。

今日はちょっとそれを掘り下げてみたいと思います。深くまでえぐる試みをしてみます。

料理しながらのブログなので、うまくこの試みがうまく行くかは不明です。

もしかしたらある程度成功するかもしれないし、或いはあなたの時間を潰すだけになるかも。



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さて、先ずは簡単に『会話の授業』と言いますが、一体これは何でしょう。
『会話の授業』と聞いて、どんな授業が理想だと思い浮かべるでしょうか。どうでしょう。
沢山話す機会がある?実践的である?はたまた習った単語や文法を使える…?
そう、これを突き詰めると、トンデモナク難しい事なんですね。


極論を言うと、外国語の会話練習で一番理想に近いのは、相手がプロのマンツーマン。
もちろん外国語のみ。それもその人の言葉のクセになれ過ぎないように先生は2-3人体制。
更に一方で文法の授業をこなし、会話ではその内容をカバー。後、自分で単語の学習も必要。
うーん。いくら投資したらその授業が成り立つんだろう・・・?


この学習法はアーミーメソッドとか、ベルリッツメソッドとかに分類できます。
前者はまさに軍隊用スパルタ訓練。後者はご存知値段が張る、かの英会話学校の創始者です。
しかし、実際はそんな授業はほとんど不可能でしょう。少なくとも大学教育では。
学生は少なくとも10名、中国では30名もざらにありからです(去年の三年生は50名…)


そうするとどうなるか?やはり全体練習が主になるんですね。良くてグループワーク。
良くある例が、習った文法を使っての会話練習。こんな感じです。
先生:「私は何に食べられましたか?」⇒学生:「私はワニに食べられました!」
いわゆる外国語に置き換え、発話するんです。これをオーディオリンガルメソッドと言います。


また、多少マシな先生なら、ちょっと自由度の高い授業をするんではないでしょうか。
例えば、『あなたは水族館のワニの水槽にいます。では、会話してみてください』。
「あ!」「危ない!」「私はワニに食べられます!」「ワニに食べられましたぁぁ!!」
上記同様に例文は最悪ですが、前後の会話練習がある程度実践的になります。
これは現在一般的なコミュニカティブアプローチと言います。(自分も採用してる)


ただし、それらを学んで、それでもこう思う人は多くいます。
「結局話せない…」「話すのが怖い…」うーん。そうでしょうね。
特に文法を当てはめた「私はアフリカ象です。」「私はベンガル虎ではありません。」の形。
これは実際の会話力はなかなか付かないと言われています。皆さん経験ありませんか?



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ちょっと前提が長くなりましたが、ここからは自分の個人的に考える『外国語の会話』です。
自分が常々思っているのは、『結局コミュニケーション能力が無いと外国語は使えない』です。
じゃ、コミュニケーション能力って?こうなると、自信を持って答えられる人はぐっと減ります。
コミュニケーション能力を学習する場所ってのはまだまだ多くないのです。


一つ例を挙げてみます。あなたは外国人と3通りの出会い方をします。
①旅行先や道で偶然出会う
②友人の外国人と談笑する
③ビジネスシーンで外国人と交渉する



①~③までどれが大切かというのは問題ではありません。もちろん③はある程度高度です。
多くの場合に言えるのが、『外国人と話すのと、自分の母語と話すのは基本的に違う』事です。
外国人と政治・宗教の話をしますでしょうか。TVの人気番組について話すでしょうか。
そういう意味で、『外国語の会話』はそれを念頭において考える必要があります。


実際の構築的な基本会話例は以下のようなものです。
1.挨拶⇒2.天気/体の状態⇒3.身の回りの話(共通項の話題)⇒4.家族/仕事/恋愛
どうでしょう?結構当てはまるのでないでしょうか。
そうなんですよね。外国人との会話って意外に話すことが無いんですよね。
(尚、上述の③は専門分野の会話なので、“本当の意味での外国語”とは少し離れます。)


ただ簡単に見える上記の会話例ですが、これを淀みなく行なうのは簡単ではありません。
伏線として、文法・単語はもちろん、一般知識・教養が必要となるからです。
しかし逆を言えば、『会話』って母語の簡単なコミュニケーションで足りるんですよね。
従って、『会話』の授業がカバーすべき事は『学習者の構築的会話のサポート』です。


外国語を上手に話せる人は、上記の構築的コミュニケーションを何度も何度も行なっています。
その上で話が派生したり、復唱して上手になったり。たまに突拍子の無い事もありますがね。
それを繰り返していくと、感覚としては、『外国語が外国語で無くなる』んです。
「おはよう!」を外国語で言う時、頭の中で外国語に翻訳しますか?その延長なんです。


これを練習しておかないと、いわゆる『外国人に話しかけたくない』現象が生まれます。
どういう事かというと、学習者にこういう心理が働きます。
「挨拶の後に、なんか変な話になったらどうしよう…話せないかも…ドキドキ」。
んで、これが前回お話した、「こんにちは」恐怖症です(笑)


でも、教師との話でいきなり「あのさー、冥王星の体積ってさー」なんて話しますか?
結局は1.2.、ちょっと時間があれば3.程度のものでしょう。
4.まで行く人は既にその人と友達です。このレベルは恐らく間違いとか恐れないと思います。
友人なら気を許せるし、また、ちょっと間違っても相手が理解しようと努めるからです。



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長く語ったので、ちょっと脱線。
自分は大学時代、中国語と英語を結構勉強したんですが、満足のいく授業は数える程でした。
教科書のひたすら翻訳あり(文法訳読法)、穴埋め会話あり(オーディオリンガル)。
音楽をかけながら「この音楽の時間は英語のみだ!イェーイ!」(一応コミュニカティブ?)あり。
(↑あまりにアホくさく、この教師とはけんかして単位を落としました。)


そんな中、一番印象に残ったのが、今述べている自分の理論を作った、アメリカ人教師。
彼は大学1年の自分達に、徹底的に構築的外国語(当時はwritingだったが)を叩き込みました。
宿題はハード。毎週レポート。でも、1年間の後、すごく上達したなって実感しました。
英語を作るのに、日本語っぽくない文章が作れるようになった(気がします)。


話は戻って。
上記の構築的外国語学習をベースとします。ただしそれだけでは足りません。
その他に、テクニックがあれば尚よしです。
プレゼン(発表・演説)能力、郵便局やゴミ捨て、PC用語等の機能的会話等です。


これらの時間は構築的な会話よりも時間数は少なめでいいのではないかと思います。
なぜなら、使用する回数が少ないから。
というか、これも個人的な見解ですが、構築的に会話できる能力があればですね、
上記の機能会話は結構本で読んだだけでも運用できるレベルなんです。型があるからです。



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話が長くなり、そろそろ収束させようと思っているのですが、大切な事があります。
それは上記の考えをいかに学習者に浸透させるか。頭で分かっていてもすぐには実践不可です。
理論を知り、練習で体感していかなくてはいけません。特に外国でその言葉を習う場合は特に。
これが難しい。会話授業中でこれを説くと、どうしても教師の発話が多くなり、本末転倒です。


そして最後に自分の授業を鑑みたいと思います。
先ず前提から。完全に成功なんて全くしていません。むしろ逆。もがいています。
壁になっているのは、授業数の少なさと、東アジア人特有の『読む・書く』から入る外国語。
それと『完璧恐怖症』又は『え!どういう意味!?恐怖症』。これも東アジアに多く見られます。


『完璧恐怖症』に関してですが、外国語なんて確実に『間違いのデパート』です。
間違いは、間違いによって段々と減らしていけばいい話なんです。
そもそも母語同士でも間違いなんて沢山あるんです。「あ、わりぃ。勘違いしてた」ってね。
間違えたら、言い直せばいいんです。これも理論はわかってもやはり実践は難しい。


『え!どういう意味!?恐怖症』ですが、これはハートの強さ、話好きに大きく関係します。
「聞きなおされるのが怖くて…ドキドキ」なんですね。静かな性格の人に多く見られます。
でも、これも母語でもかなり多く見られるのではないでしょうか。
「え?どういう意味!?お前、ホントに説明下手。」明日から日本語話すの止めますか?


もちろん、その他の大きな理由として、自分の授業の未熟さ。というか自分の教師力の低さ。
上記の説明を授業中にちりばめ、また、授業展開でも意識して(しようと)いるんですが。
いまだに「この授業最高!!決まった!!むふふ・・・」なんて事、ほとんどありません。
加えて、『学生の興味を引く』って事にも注意を払わなくていけませんので。



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一応、練習を兼ねてこれらの理論を実践させています。例えばこんな感じ。(1年生用)
問:あなたは電車で恩施に帰る途中です。向いの席に外国人が座りました。
『~から~まで』『~時間』を必ず使いなさい。尚、あいさつとさようならは必ず言いなさい。
これなら、一連の会話を既習内容でカバーでき、また構築的コミュニケーションが可能です。


それと重視しているのが、授業中にその外国語を使って授業しようという雰囲気作り。
以前ブログに書きましたが、これには『楽しい』という感情を持たせることが大切かと。
どれだけ理論を知っていても、実際に練習するのは学生。自分ではありません。
そういう意味で、リラックスして、楽しい授業が出来ればと。


まぁ、かっこいい事いいましたが、それでも学生が思う通りに言ってくれないもんですが。
それは自分のせいとして。とりあえずなんとか一歩一歩進んでいけばいいかなって。
毎回ホームランよりもとりあえずヒット狙いで(これ、エッセイストの基本らしい)。
一応、今の二年生(一年生から見てる)では、他の学年に比べて成功していると思うんですが。


以上、今日の『外国語の“会話”とは!?』でした。
上述の話は、自分が作り上げている理論であって、確立されたものではありません。
私自身色んな訪問からインスピレーションを受けているので、完全に自分のでもありません。
従って、今日の話、「ふーん」程度で読んでいただければ幸いです。


また、もしももっと意見等がございましたら、是非お聞かせ願えればと思います。
ここまで読んでくださった方、時計は何分位進みましたか?すいません、時間取らせました。
たまには日本語教師的に書いてみようと思ったらこの有様でした。たはは…長すぎた…
最後に。このブログを書きながら、以下の料理が完成してしまったので自慢します!



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ふう。書くのにも、作るのにも疲れた。はい、今日はこれでお開きです!
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No title

ママです。
長いわ、長すぎる。30分も時計の針が進んでしまったわ。
しかも!語彙が難解すぎる・・・。ママの脳みそでは、内容を理解することが難しいわ。
しかし、会話に大事なことは「多听多说」、これだけは確かね。
授業と日常生活では、環境も雰囲気も違うので一概には言えないけど、共通しているのは「楽しいか、楽しくないか?」と「興味があるか、ないか?」だと思います。「できる、できない」は二の次ですね。
楽しませるには雰囲気作り、手っ取り早いのは大きな声で明るく話す。
興味を持たせるには、学生さんの話から質問内容を発展させて、話題を膨らませる。
しかし聞く側の態度も大切で、学生さんの話の意味が不明瞭だったとしても、眉間に皺を寄せず、まるで「ごめ~ん、私に理解能力がないの~」的に、明るく相手が話している努力に対して認めて、さりげなく持ち上げるというのも、大事なのではないかと思うわ。
現地化して「あ~っ!!」、「はっ?!」と、もう一回催促するような態度を取ると、簡単に萎縮してしまうからね。
以上、1月の訪恩の時に注意していたことでした。
ママも、長くなっちゃったわ。まとめる能力がなくて、ごめんね。
やはり、あなたはママの子よ・・・。

No title

ん~、深い!ズズズ・・・(お茶をすする音。)
またまた長くなります。


学生時代一応語学専攻だったくせに今は全く関係ない仕事してますが。。。
これ読むと学生時代自分が頑張らなかった理由、社会人になってまた勉強したいって思った理由がよーく理解できました。

理由はさておき、
興味のない、または関心が薄いことに対して多くのヒトはあまり労力かけない(かけたくない)。また自分の中での優先度が低いとそれも同じことが言えるよね。


それじゃ学生たちにどうやって興味を持ってもらうかについて言えば、
話題もその年代の子たちに合わせた内容を毎回でなくても、
多く登場させたり。授業中に誰かが発言したことを次回の授業でさらに掘り下げてみたり・・・(金八先生はこんな感じだった?)

それと質問に対しての答えが出てこない時、クラスの雰囲気もわりと重要だったりするような気がする。。。
どうして黙ってしまうのか、①答えはあるけど日本語でなんていったらいいかわからない②答えが間違っていたら嫌だから③質問の内容がわからない④初めの問いの内容自体わからない
全部「わからない」のひとことで済まされてしまうけど、

わからない→どうしよう!→黙る→変な緊張感が生まれる→嫌だ→つまらない→関心がなくなる
なんてことにならないように、、間違っても大丈夫、その後はきちんとフォローしてあげますよって体制ができるといいよね。
大人数の前でひどく注意したりしないように、(他のことで注意したとしても、怒られる時はこんな風になるんだって印象づけられるから)とか、
学生たちにとって教師・目上の人ではあるけれど、ある時は生徒と同じ目線で一緒になって考えたり、会話ができると親近感も自然と沸くからそこで良い雰囲気の空間が生まれたりね。
良い印象を持ってもらえると会話も少しずつでも取り戻してもらえるんじゃないかな。


何が言いたいのか全くまとまらない・・・
これは恩施に行って話した方が早いかもー

また特製おつまみセットを作っといてください。







No title

ふう~、電車乗ってるうちに読み終わらなかったよ。
いつも帰りに携帯で読んでるんだけど、新木場あたりから読み始め→駅着(読み終わらず)→チャリ→家(続き)と場所を変えての読破でした(笑)

外国語会話って初対面の人と話す感じと似てると思った。
コミュニケーションだからかね。
「え!どういう意味!?恐怖症」は小心の人見知りさんが多そう。
私の外国語はこれに近いなあ。
「え!どういう意味!?恐怖症」は、うまく説明できない(と思っている)から聞きなおされるのがドキドキなんだろうな。
自分の話が伝わらない→語学力不足?(自信がないから)→これ以上の単語・文法が出てこない→会話が止まってしまう→恐怖!又はショック!みたいな心理かな。
最適な言葉が出てこないとき、超簡単な単語と文法で説明する手段を教わって、会話を途切れさせない感じが自信になったりしたよ。
小心者の褒められて伸びるタイプさんには、さりげなく持ち上げるというママさんの意見↑に賛成!

気付けば私も長い・・。
ブログの合間に作ったコロッケみたいなのは何?

No title

>ママ

確かに!!長すぎました!!
そして、まとまってない!!!
やはりママの子ね笑。

『たくさん話す』は基本であり、やはり外せない部分ですよね。

『楽しい』ってのも、自分の中で最重要課題にあげています。

自分は基本的に学生が話し終わるまで聞いて、なるべく話したい雰囲気を作ろうと思っているんですが。
まだまだ修行不足ですたい。
でも、聞きなおす事はほとんどしてません。
「うんうん。~~って事だね」って答えます。

否定されるって、これは外国語を学んだ人が分かる、辛さですよね!

このヘンテコなブログでのコメントをありがとうございました!!


>nao

naoが描いている(大学のときに学んだ中国語)と、今の外国語教育は随分変わってるんだよね。
自分達の中国語に“会話”ってのは無かった気がするね。そもそも。
あったっけ?

先ず、自分は質問の時間なんて設けないんだ。
あれって、答えたい人だけ答えるから。
質問は練習中に個別に聞いて、それを全て黒板に書き出してフィードバックしまます。
何せ時間に限りがあるからなー。

うんうん、注意は気をつけてる。
これは、自分達が学んだ時にも感じたなぁ。

次の授業で掘り下げる時間は、90分/1週間では厳しいかも。

ってまた来る気か!もういいわ!帰った後で飲んで語ろう!

でも、コメント感謝です。
昔の同級生にちゃんと詠んでもらえるってのはうれしいね。


>misaking

このクソヘンテコなブログにコメントをありがとう…

そうなんだよね。会話って結局コミュニケーションだから、“初対面の人と上手に話す”人って、相対的に会話術も上手なんだよね。

別の表現、これは何度も教えてるんだけど。
中国の人の完璧主義というか、『正解追い求め主義』みたいなのが、すごい邪魔になってる気がするなぁ。

『流暢とは、話すのが速い事にあらず!意味を伝えられる者である!』って熱弁してるんだけどさ。
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やんぴん君

Author:やんぴん君
青年海外協力隊員として、
07年9月より、中国の湖北省
恩施市土家族苗族自治州
というカタ田舎にいます。
日本語教師をしています。
サッカーと旅行と読書と料理、
基本的に多趣味です。

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