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[最終回]やんぶろのご愛読、ありがとうございました。

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こんにちは。帰国間際の、そして最後のやんぶろです。

そう、2年間ご愛読いただきました“やんぶろ”、本日で最終号となりました。

最後に色々とまとめを書きたいなって思ってたんですが、時間が無くて。

帰国後は更新しないと決めているので、必然的に最後のブログとなりました。



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最後の写真は最後のまとめです。学生との料理。本当に沢山したなぁ。



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学生との料理は大切な活動であり、文化紹介であり、何より一番の楽しみでした。



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そして授業。学生の真剣なまなざし。自分が勉強になりました。



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失敗してもご愛嬌。かわいい自分の学生達です。



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ビジネス日本語とか。これは「ウィスキー」と発音して笑顔を作る練習。



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日本祭りとか。日本の浴衣って、学生にとっては興味津々なのです。



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スピコンとかも。学生の晴れやかな笑顔が印象的です。



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時に野球を教えたり。



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時に2年生の掃除に邪魔しに行ったり。



さて、2009年7月に始めたブログ、2年間で222回更新し、結構色んな人に見て頂きました。

自分としては協力隊の報告と、文章や文章整理、また論理的思考のトレーニングの場でした。

『40文字×4段組』という限られたスペースをを基本体型として書くやんぶろはいい訓練。

とはいえ、日を追う毎にこのブログは自分の中で色合いを変えていった気がします。



変化は料理の紹介、“やんぴん”キャラクター固定化、学生の笑顔の紹介、色々とあります。

特に学生との笑顔の日々は、日本の冷笑主義をちょっと変えたいって位の勢いで書いてました。

ただ、このブログはそれら“書き手→読み手”のベクトルだけにとどまりませんでした。

“書き手←読み手の存在”、自分と繋がってもらえるという安心感がとても大きかったです。



愚痴を言いたかったり、素敵な風景を見せたり、学生の可愛い笑顔を見せたかったり。

まるでSNSのようにやんぶろを通じて皆さんに伝えて共有できる喜びがありました。

それがなかったらこのやんぶろは続いていなかったと思います。

従って、今、このブログを見ている皆様一人一人に、大変感謝をしているのです。



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恩施を離れる最後の数日間。これはラストサッカー。チームのみんな、サラバ!



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ラストのドタバタで更に誕生日だったのです。んで、3年と男のみ(飲み)誕生日パーティー。



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このアホガキどもが可愛くて仕方ないのでした。



話は変わってこの2年間。

今、北京にあがり、色々な雑務をこなす中で、色々な心的変化があります。

先ずは気持ちのスイッチは既に帰国後の生活に変わっています。次も頑張らなくちゃなって。

学校や協力隊員としての日々はあまり浮かびません。ま、「十分やって終わったぞ。」位。



しかし、学生との日々は結構無理やりに、気持ちに蓋をしています。

思い出すと、ちょっと涙が出てしまいそうなのです。

というか、今、こうやって書いていて、写真を整理してて、ちょっと泣いてるし…

これが自分の2年間を象徴しているのかなって思っています。



協力隊員や先生として、自分の中では80点付けていいかなって思っています。

大過なく、すべての点で平均点はたたき出して、費用対効果にまぁまぁ見合っただろうと。

ただ、学生との日々にそんな客観的な点数は付けられないのです。

それくらい、自分は彼らが愛おしくて、可愛くて。本当に弟・妹みたいなんです。



離れれば離れるほど、彼らの笑顔が浮かんできます。

そして、「もうあの笑顔を同じ時間・同じ視線で共有できないんだな」って気づきます。

振り返っているヒマはないし、ってか、もうそんなトシじゃないし。

でも、自分の2年間を一言で表すと、「彼らと一緒に居た2年間」なんだなって。



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一緒にご飯を食べ



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共に学び



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共に笑いました。



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そんな彼らともお別れなのです。



自分が非常に個人的に、彼らに将来望むこと。

彼らが大学を卒業して、社会に揉まれて、避けがたい高度資本主義の冷笑主義に呑まれ。

そんな日々の生活で、ふっと、自分と一緒に過ごした日々を思い出してほしいなって。

「あの時の日々、あの時の日本人、結構面白かったよな。」それが一番の願いです。



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それでは、やんぶろ、そろそろお別れの時間です。

皆様と“やんぴん”とのお別れは、どことなく一抹の寂しさが残ります。

2年間、ご愛読、誠にありがとうございました。本当に、心より、感謝しております。

そして、これからは素のやんぴんです。どうぞこれからもよろしくお願いいたします。



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(了)
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恩施を去りました。

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6月13日、恩施を去りました。

最後の事務処理等のため、北京へと向かうためです。





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最終日も学生が遊びに来てくれました。



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「先生、手伝うことは無いか!?」なんて明るく言いながら。





みんなとのお別れは明るく、まるで普段の日々のようでした。

そう。外国語を学ぶ自分達は、将来また、どこででも会えるのです。





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下には見送りのみんなが。



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みんなでふざけあい、時間をつぶすひととき。





でも、それでも、やっぱり別れはちょっと切ないものなのです。

写真を撮ったりしながら、寂しさを紛らしたりしたのでした。





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空港にも駆けつけてくれました。



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みんなと最後の集合写真。これは2年生。





「自分が泣いたら、みんなの涙腺の堰がどっと切れそうだな。」なんてのも思ったり。

ただ、やっぱり教師としての自分は、泣かないようにしようと。





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その理由は、ちょっと前の送別会で2年生の男の子が僕の前で泣き崩れた日。

その姿は2年前、会社を離れる際に可愛がってもらった上司の前で泣き崩れた自分と同じでした。

上司は微笑み優しく肩を叩いてくれ、でも堰を切った自分の涙は止まらなかったあの日。

今度は僕が彼らの肩を優しく叩く番です。笑顔でいなくちゃ。肩を優しくポンと叩くように。




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みんな、ありがとう。みんな、さようなら。

また会える日を楽しみにしています。

総括その① 今学期及び2年目の総括

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写真は2年生と最後授業後の写真。この2年間、男子ばかりが僕にベタベタしてくれました。



こんにちは。「2日に一回ブログ!」とか鼻息荒く言っておいて、さらりと公約を破っています。

やはり日々の送別会が重なると、ちょっと更新がしんどい(←ってか出来てない)。

そろそろ総括に入ろうと思っているので、もうひと踏ん張り!鋭意邁進取り組みます!

っと、公約を破る奴って大概こんなタイプだよねって感じのやんぶろです。


真面目な話、やんぶろ、残り記事も少なくなってきました。

その前に、青年海外協力隊員の自主的義務として、各報告を順次行いたいと思います。

今日は恒例の学期末総括、次回が日本語教師総括、最後に青年海外協力隊員総括と。

そう。相当にお堅い文章をがっつりと。まるで↑の35文字中30字が漢字であるようにお堅く。


って、最近のブログがついつい『感動押し付け型』になってますしね…あはは…

いわゆる共有と押し付けってのは難しい境目でして。ブログの性質上、ある程度ご勘弁を。

皆さまと共に学生達との交流を共有する手法として、若干押し付けブログにしてみてます。

ただ、それ一辺倒だとキモブロ(キモい奴が書いてそうなブログ)なので、今回は報告型。


そんな今日は2年目と学期末総括です。最後の学期、ただただ慌ただしかった気がします。

「イベントは頑張ったけど、もうちょっと授業に集中すべきだった」これが正直な感想。

自分に点数をつけるとしたら、78点です。悪くない。でも、もっと出来た。

常にそういう思いを抱くものかも知れませんけどね。まぁ、それでは以下、各学年総括です!



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自分が密かに“お茶女”と名付けてる女子だけの1年3班。自分、影薄っ!



1年生・及び1年会話総括:

1年生、自己採点としては70点です。

一定の仕事はしたと思っていますが、全然満足できていません。

理由としては以下が挙げられます。


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良かった点:
・2年目効果で指導のリズムがつかめていたので、“大コケ”せず授業コントロールが出来た
・83名(当初88名から5名減員)という大所帯にまごつく事無く一年を終えられた
・日本祭り・スピコン等、なるべく多くの機会(去年より)を学生達に提供することが出来た

悪かった点:
・指導の“慣れ”というか流れ作業的な授業に陥ることが多く、“+α”が生まれなかった
・会話の時間確保に囚われ過ぎて、システマチックに過ぎた
・クラスのレベル差の是正に大きな有効手段を見いだせず、結果その傾向を止められなかった
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良かった点として、やはり指導力向上及び確立により、ある程度の質が提供できたこと。

去年の学生より確実に効率的に教えられましたし、与える知識も洗練されたと思います。

また、前代未聞の学生数をまぁまぁうまくコントロール出来たんじゃないかと思います。

平均して機会を与えるよう努めましたし、日本祭り等も積極的に参加させました。


それから、2学期目は特に『付かず離れず』の関係をうまく保てたんじゃないかなって。

自分は先が見えている立場なので、この学年と仲良くなりすぎない方がいいかもって。

ちょっと冷たい言い方ではありますが、彼等の4年間で考えるとベターだと思いました。

自分自身、そういうコントロールをしようと努めたのは勉強にもなりましたし。


しかし、ここからが悪い点ですが、過度にシステマチック過ぎました。

『会話授業の5割は自由会話の時間に充てる』『実践的にする』等に傾倒し過ぎた感あり。

これは我が校で日本語を話す機会がなく、会話授業で話す時間の創出を心掛けた為。

上記ももちろん大切ですし、学習効率と効果が高いからこそ採用しているんですが。



練習例
自由会話の練習例。メリットは学んだ文法でシチュエーション別に学べる。
逆にデメリットはこれがあれば教師は何もしなくてよく、交流が減る事。



だが、逆に言うと、年間を通じて“意外性がなさすぎた”って反省しています。

去年の学生には自分の拙さも手伝って、もっとアットホームだった気がします。

そして、このシステマチックな授業展開、ふと愕然とした事実を発見しました。

「これ外国人じゃなくても、授業出来る展開じゃん(=外国人の価値が無いじゃん)」


もっと外国人(=自分)と距離を近くし、ある意味泥臭くするのも“交流”かなって。

教師としての価値の重点にかかってきますが、“外国人”である必要はあります。

授業おっぽって、一緒に公園とか行ったり…そんな泥臭さがあっても良かったなって。

それらを考えた結果、70点というやや低い点数を付けたのでした。



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2年生2班。とことん男子には好かれているんだって全体写真で分かります。グスン…



2年生・及び2年会話総括:

先程の1年生の話がここに効いてくるんですが、2年生はかなりうまく行きました。

自己採点としては90点です。4学年の中で最もレベルの高い学生を生み出せたと自負してます。

上手く行った理由はざっと以下の通り。


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良かった点:
・日本祭り・スピコンの運営を2年生に任せ、2年生の一体化を促進できた
・システマチックで練習の多い授業を多くこなし、会話レベルが上がった
・ディベート等、普段と趣の違う授業も導入することにより、会話の幅が広くなった
・ビジネス日本語の聴講を促すなど、学校の指導速度より高い成長を促せた

悪かった点(というか、これが出来ればもっと良かったという点):
・やはり数人の落伍者が出始めてしまい、彼等はほぼ見捨てた
・もっとレベルを引き上げる試み(放課後ディベート倶楽部とか)をしても良かった
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まぁこの学年は簡単に。1年生で既に話し過ぎてるし…

先程お話した1年生へのシステマチックな展開、これは2年生には効果が高かったです。

中級レベルに入る彼等には効き目があった点、自分との信頼関係も成功の要因でした。

また、ビジネス日本語とかも聴講させて、更なるレベルアップをさせる事が出来ました


イベントもまぁまぁ規模の大きいことを経験させてあげられたんじゃないかなって思います。

この2年生、良くも悪くも『優しくて、でもこじんまり』という印象の学年です。

その彼等をスピコンなどで自分が結構厳しく追い詰めたりして、いい経験になったかなって。

イベントが終わった後の彼等の晴れやかな表情などを見て、成功を感じたものでした。


こうすれば良かったなって思うことももちろんあります。

例えば落伍者をある意味見捨てたこと。非情ではありますが、優等生を優先しました。

これは持論(経験)として『外国語学部の2割程度は落伍していく』という考えに基づいてます。

他にも、勉強に関連した課外活動とか創出してもよかったなって(でもマンパワー的に無理!)



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3年1班と送別会にて。やはりというかお決まりで男子に紛れ(させられる)バカ教師。



3年生・及び3年会話総括:

3年生、今学期はビジネス日本語がメインでしたが、まぁまぁうまく行ったと思います。

結果は85点あげてもいいかな。厳しいビジネス日本語によく付いてきてもらったし。

教師間でも非常に評価の高い学年に、厳しい態度で挑めて、教師冥利に尽きました。

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良かった点:
・ビジネス日本語で、非常に実践的な授業展開が出来、その手応えもあった
・面接などでは外部からのお客さんを招き模擬面接を行う等、機会を創出できた
・“日本語よりも大切なこと”を教えることが出来た(と思う)
・活動計画に沿った“日本語能力試験1級(N1)合格率前年比15%向上”を達成できた

悪かった点(というか、これが出来ればもっと良かったという点):
・『日本語教育者養成授業』的な授業を開こうと考えたが、結局開けなかった
・卒論指導の基礎的な授業をしようとも考えたが、行えなかった
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授業ではほとんどビジネス日本語に特化されるのですが…

「こんな社員が欲しい」という点を考慮して、言語的側面に留まらない授業が出来たかなって。

正直、よく出来た数名は、日本人大学生より敬語が上手で、態度良好です。自信アリ。

理由は2年目で授業が洗練されたのと、彼等のパーソナリティへの理解がマッチしたから。


特に言語的側面だけでない授業展開が出来た点は満足しています。

「人として、社会人として」という指導が出来たなんて、ほんと、教師冥利に尽きます。

同時に、それを「なんでそこまで…」と言わずに付いてきてくれた学生に感謝しています。

彼等にはこれまでにない厳しい態度で授業に臨み、でもそんな自分に付いてきてくれました。


前のブログでも書きましたが、面接の特訓でのある印象的な一幕を再度ご紹介。

お客さんを呼び、模擬面接を行い、その中で一番評価を受けたのは、愛されキャラ的な男の子。

「彼の人柄に惚れて、一緒に働きたいと思った」というコメントに、学生は驚き、でも納得。

同時に、言語指導教師では踏み込めない領域を教えられた事に、非常に満足しました。



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卒業した4年生。彼等の将来、後は自分で学んでいって、頑張ってほしい。



4年生・及び4年卒論総括:

今学期、卒業した4年生、彼等の卒論評価や指導方針のメイン担当でした。

非常に責任が重く、辛く、そして虚しさを感じる作業でした。得点は70点。

御世辞にも良いと思えない状況で、それでももがきつつ頑張りました。


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良かった点:
・“持っているマンパワーで最も効率的な卒論指導”を引き出す努力をした
・無駄な時間や名目的な作業を排除し、かなりの制度変更を行えた
・卒論を頑張った学生には、教師もそれに応えるよう努力する、そんなその仕組みを作った

悪かった点:
・7割以上の学生がほぼコピペの論文作りをさざるを得ない環境だった
・卒論の核となる教師が不在であり、卒論指導方針が曖昧で、修正できなかった
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今学期、実は卒論の教師指導の制度作り等を担当して、ヒーコラしてました。

先ず、マンパワー的にキツイ。日本祭り・スピコン・授業に加えてでは正直キツイ。

同時に今学期は同僚教師がみな忙しく、制度を作っても浸透させられなかった。

「それでも最低限だけでも!」っと一定のルールは作り、それを遵守できました。


しかし、正直、応急処置に過ぎず、我が校の卒論指導の大幅向上には程遠かった…

結果、やはり学生の卒論は7割以上誰かの論文の盗作。教師も管理せず(出来ず)。

正直『侍と日本人』なんて論文、タイトルチラ見でゴミ箱に捨てたくなりました。

その結果、「ダメな論文は捨てよう」これが今学期自分が掲げたキーワード。


同時に「頑張る学生は拾いましょう。答えてやりましょう。」これもキーワードです。

10人とは言わなくても、数名の論文は頑張ってちゃんと自分で書いていました。

その学生に応えるような仕組みを作ったのですが。うーん、試みがうまく行ったかは不明です。

とにもかくにも、論文指導とは大変だな…っと骨身にしみました。。。


以上、やはりずいぶん長くなってしまいました。

次回は日本語教師としての総括や所感を書きたいと思うのですが、正直今日で結構書いたなぁ。

でも2年間の教師生活の振り返り的な作業をしてみたいと思います。

という訳で、全然ギャグに乏しい(←いつもだ)報告ブログ第一弾なのでした!(´Д`)ハァ…


P.S.

閉鎖したキッチンでしたが、学生のリクエストにより1夜限りの復活。

学生がとある料理を強くリクエストしてきました。「約束でしたよ!」っと。

そこまでして学生が食べたいかった、ある料理とは…



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やんぴんキッチンのラストを飾ったのは、なんとロールキャベツ!!!

送別会と“やんびん老師”の終了

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今日は三年生との送別会と、それを迎え撃つやんぴん老師のお話。



こんにちは。イキナリですが、先週から1週間ずっと胃痛と下痢に悩まされています。

恐らくスピコン等でのハードライフで胃がちょっと…んで途中風邪も引いたので更に…

送別会シーズンを迎え、まさに前門に虎/後門に狼。というか口からお酒/・・・(自主規制)。

タイトルにちょっと惹かれて来た人を奈落に落とす(読者を無くす)やんぶろです。どーも。


さて、タイトルの通り、先週末は三年生と二年生の送別会が立て続けに3日連続でありました。

この2学年が自分と過ごした時間が最も長い学年で、言うなれば妹・弟だらけって感じ。

特に三年生は会話から始まり、作文、ヒアリング、ビジネス日本語と、沢山受け持ちました。

彼等との送別会は、やはり一言では言い表せない、多くの感情が湧き上がりました。



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先ずは2班のみんなからの送別会。飲みまくってみんな吐きまくってた。



その三年生。先ずは2班が送別会の宴を開いてくれました。

以前、学期終了報告ブログに「レベルの高いクラスと低いクラス」と書いた事があります。

彼等はその低い方です(全体のレベルであり個人ではない)。授業にちょっと受け身なクラス。

自分も2年間で彼等の学習態度を何度か叱ったことがあり、声を荒らげた事すらありました。


それは自分が日本語教師であり、教学上の問題であり、授業運営上の必要性からなのです。

ただ、自分個人としては、彼等はとても個性があり、個人的に好きな子ばかりです。

そんな彼等との送別会で何よりも嬉しかったこと。

2年を経て、自分が“やんぴん老師”から“個人としてのやんぴん”に解放された事でした。




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今は個人として彼等と接することが出来て、それが嬉しい。



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男クサイの大歓迎。どうせ自分に絡むのは男ばっかりだし笑。



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アホアホ丸出し。こういうの、いいですよね。



自分は彼等の中で、日本語は出来ないけど個性のある子達に、高らかにこう言えました。

「自分は学生時代、ずっと優等生とは程遠い学生だった。だからみんなと同じじゃ!!」

「日本語が出来なくても、他で能力があればそれでいいぞ!とにかく今日は飲むぞー!!」

こう言える日が来たことが嬉しい。みんなとアホ飲み出来て、とてもとても嬉しい。


2年間を経ての“この解放”という心地良さは全くなんたることでしょう。

教師ー学生の関係から、対等な関係になっても良くなったという事が心地いいのも事実です。

それ以上に、“やんぴん老師”の仮面を脱ぎ捨てた事の心地良さだったのかもしれません。

とにかく、この日はみんなと飲んだ後カラオケで騒いで、すんげぇ楽しかったです。



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2次会はカラオケ。中国の床は汚いんだが…



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はい、関係なしー。騒いだもん勝ちー。



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最後はみんなでパシャリ。いいですね。この一体感!



さて、飲み過ぎた翌日。今度は1班が送別会を用意してくれました。うぇっぷ連チャン。

そういえば集合時間を知らず、宴会の時間尋ねると、「今日の夜は教室集合だよ」っとの事。

「マジか。教室で…?」っとビビりました(後、当日に漸く知らされた事もビビったが…)。

素直で勉強が出来る方(全体レベルでね)の彼等はどんな用意をしてるんだ?っとその夜。


リアルに司会者まで立てた、クラス活動的送別会を準備してくれていました!

椅子を円形に並べた形で、一番目立つ席に案内されて、いささか恥ずかしい。

彼等1班は本当に自分に良く付いてきてくれ、ビジネス日本語を開講した時もほぼ全員志願。

2年間しっかりと自分についてきてくれただけで既に感謝感動なのに、その上…。



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今日はもう実名出しちゃいます。これが送別会なのだっ!



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開始共に、Tシャツのプレゼントが!名前入りTシャツ



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後ろにはみんなのサイン入り。ありがとう!素敵なプレゼントです。



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一番上座に座らされて、なんか偉そうな奴がやんぴんです、はい。



この送別会、感謝の言葉を朗読してもらったり、みんなとゲームしたりして過ごしました。

楽しく過ごしながらも「最後に御礼の言葉を用意しないと」っと思っていた矢先。

彼等は自作編集したムービーまで用意してくれていました。

しかもそれは彼等1班だけでなく、2班の子も一人一人コメントを集めた3年全体ムービー。


このムービーを見て涙が溢れそうになり、感謝と同時に申し訳ないような気持ちが湧きました。

申し訳なさとはつまり、自分は“やんぴん老師”を多かれ少なかれ演じていたのではないかと。

『ボランティアとして来て・明るく・スポーティーで・笑顔なやんぴん老師』という役柄です。

“演じている”に語弊があるならば、自分の良い部分の上澄みだけを見せていた面はあります。


自分は本来、結構な皮肉屋ですし、天邪鬼ですし、下ネタだってもちろん(とても)好きです。

でも、教師としての性質上、彼等の前では良い面だけを意識して見せていたフシはあります。

“演じる”はどんな側面でも存在はしますが、前のリーマン時代より確実エエ格好してるし。

ムービーで彼等が口々に好きといってくれる自分とは“やんぴん老師”の仮面なのではないか。



ムービーを見終わって、司会者から半べその自分に、みんなへの言葉を促された時。

“やんぴん老師”は既にそこに居らず、素のやんぴんでしかありませんでした。

みんなの前に立ち、話す前に、「やんぴん老師の卒業なんだな。」っと頭によぎりました。

そして、口から出た言葉は、教師としてではなく、彼等の兄貴のような口調で語られました。



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一生分くらい、人に好いてもらったような気がします。ありがとう。



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男子学生も女子学生も。みんな、ほんとうにありがとう。



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最後の自分の話。声が震えるのを、声がかすれるのを、隠すのに大変でした。



話した内容は恥ずかしいですし、学生と自分の間の秘密にします。

ちょっと泣いて、声もかすれ、途中止まったりもしてしまいました。

でも、話した内容の一つが、前に教えてもらった「人間関係は鏡のよう」という話。

自分が相手に笑顔になれば鏡のように笑顔が返って来る。そんなような話。


恩施生活は残り1週間。

残りの生活は自分の中で“おまけの一週間”だと思っています。

何か結果を出すのではなく、結果が出た後のオーバーラン(又はウィニングラン)のようなもの。

“やんぴん老師”、いや既に“やんぴん”。とりあえず胃と下痢は治したいと思います!



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最後はみんなでパシャリ。いいですね。この一体感!

やんぴんキッチン全史!!!

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こんにちは、どーもどーも。2日に一回更新!なんて無謀な事を言ってのけてしまいましたね。

「リオン(離恩=恩施を離れる)前にハードル高すぎだろ…」とは思っているのですが…

でも、帰国したらブログ一切更新しないつもりなので、残りの時間で頑張って書いてきます。

っという訳で、まとめに入りだして、自分で自分の首を締めているやんぶろです。


さて、帰国前のドタバタに紛れ、音もなくそっと、やんぴんキッチンが閉店いたしました。

細かな料理は作りますが、お客さん呼んだりとか、大掛かりな料理作ったりとかは終わりです。

『最後にパーっと!!』って意見もあったんですが、終える時はさらっと終えたいと思ったので。

やんぶろを読んで下さってる方ならご存知ですが、お世話になったキッチンさんでした。


そこで今日は、協力隊料理部を名乗り、料理ブログとまで揶揄されたキッチン史を大紹介!!

1回の記事で伝えきれるか不安なほど、濃密に絡みあった自分とキッチン!!(なんかエロい)

もし、「2年間、あなたの何が成長した?」と聞かれたら、答えはもちろん一つだろう。

そんなキッチン全史を大々々紹介!!ンモーー、すごいんだからっ!!!



黎明期

元々料理は嫌いではなく、任地(恩施)に行ったら、料理をしようとは思っていた。

ただ、学生との交流の手段として料理をするなんて考えてはいなかった。

また、自分が料理に対してこれほどの愛情と情熱を注ぐとも思っていなかった。

いい意味での“意外さ”が自分の中で見事にハマったのかもしれない。



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やんぴんキッチンは09.7.10.彼等と共に始まった。感謝と記念を込めた最初の一枚。



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元々料理は出来る方で(学生時代イタリアンコック)、でもまぁ先ずはチャーハンとかね。



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赴任が夏休み2ヶ月と見事に重なり、時間を持て余し、徐々に実験的色彩を帯びてゆく。



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当初はネット環境がキッチンだけというのも彼女(キッチン)との蜜月を支えたのかも。



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夏休みが明け、学生と交流が始まると、言葉と共にキッチンがツールとなり始めた。



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そして交流や食事でも、ドラスティックなまでにキッチンが使われるようになった。



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「和食を覚えよう。」自分に課題を課すようになったのもキッチンLOVEの理由の一つ。



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黎明期、いやキッチン史のターニングポイントはこいつかも知れない。



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スープからラーメン作っちゃった(笑)。「あ、意外に作れるんだ。」この事実を知った。



発展期

ラーメンすらも作ろうと思えば作れる事が分かり、俄然楽しくなったんだと思う。

次の学期が始まる前の北京上京では、既に食材購入が一番の目的となっていた。

『料理を作りたい、料理を作ってあげたい』そんな時期だったかも知れない。

それはあたかも、増えるワカメちゃんが水を吸って膨らむように(ん?例えが変?)。



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10年元旦、北京から戻った自分がすぐに作ったのは学生への炊き出しのお雑煮。



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“挑戦”がこの全盛期のキーワードとも言えるのかも知れない。



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挑戦の末に辿り着いたとんこつラーメン。これはJICAの記事にもなった。



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ラーメン系三銃士。『食べたいか それなら作るか ほととぎす』(キッチン川柳)



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ハムすらも作れることが分かった(友人から作り方聞いたんだけどね)。



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主食はどんどん麺へと移行し、『無類無き麺野郎』(ただの麺好き)が誕生した。



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交流ではパティシエの友人を招いて、スイーツ教室を行った。これは楽しかった。



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規模/人数共に発展期MAXと言える活動で(って女子多過ぎ…)、JICA記事にもなった。



最盛期

尽きないキッチン熱。キッチン2年目のジンクスや倦怠期なんて存在しなかった。

そして、実験的な色彩はより色濃くなり、ビビット感たっぷりなチャレンジ企画が増えた。

もちろんそれは、キッチンとの濃密で且つ絶え間ない関係が続いたからこそ。

あたかもペー子パー子のように寄り添い続け、松坂が甲子園で投げ続けたように(例え変?)



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はしゃぎ合った時期が過ぎても、慣れ合うこと無く新しい事にチャレンジした。



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これは東北地方への旅行で仕入れた松茸で作った“松茸入れすぎご飯”。



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「30分以内の時短料理で色々作る!」これが全盛期に掲げられたフラッグ(後、撤回)。



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ピクルスとかも作ってみた(一回で飽きた)。



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あんな料理こんな料理…作れそうな料理は作ってみる。特に麺類。



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学生との交流も続き、色んな料理にも挑戦した。彼等は朝鮮族。



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んで、朝鮮族特製キムチ。「民族の誇りを忘れるな!」とは誇りの旨味なり。



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彼等とは『チキチキ☆男のキムチチャーハン対決』等、熱いバトルが繰り広げられた。



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最後に辛味噌ラーメンを作り、三大ラーメン制覇。ラーメン漢(おとこ)完成であった。



衰退期

どんな事にも終焉は存在する。それはダイソン以外の永久運動が存在しないように。

キッチンライフもしかりであった。理由は多忙と、めちゃ多い新人類1年生かもしれない。

任期が残り半年を切り、キッチンプライオリティが下がり、合間を縫っての交流も疲れた。

そして、いよいよキッチンはフィナーレを迎えることになる。



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すんげぇ多い今年の1年生。毎週毎週来てくれる学生にちょっと疲れたのもある。



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なんか、途中寿司マシーンみたいになってたし(苦笑)



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でも一年生はやっぱ無邪気でカワイイ。良くこんなガンプヘアーと遊んでくれるわ。



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とはいえ、高学年と遊ぶと、やっぱり話が弾んで楽しい。これは3年生。



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尚、衰退期とは言い換えると円熟期でもある。天ぷらなんてお手の物。



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この完璧な比率のカツカレーを見てくれ。これぞ円熟期である。



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もち、『無類無き麺野郎』は成長し、初めてそうめんが美味いとすら思えたのだ。



ふぅ、すんげぇ無駄に長いブログですね。お読み下さった皆様、ありがとうございます。

こうやって改めて料理の写真をピックアップしてみると、感慨深くすらなりますね。

日本に帰ったら、もちろんこんなに料理しないでしょうし。いい記念かもしれません。

記念というか、勉強というか。間違いなく料理の腕はあがりましたしね。


そのキッチンさんには感謝感謝です。そしてキッチンを共に過ごした皆様にも感謝感謝。

やんぶろはキッチンや料理を通じて語ったことが多くあり、ある意味で代名詞化です。

「あんな料理を作ってブログに載せるか…」的なヨコシマな効果も生まれました。

つまり、皆様とは学生及び、やんぶろ読者様も含むのです!感謝感謝できれいに完!!


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P.S. 最後に作った料理…これは何でしょう。



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ナスのお漬物でした~。
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プロフィール

やんぴん君

Author:やんぴん君
青年海外協力隊員として、
07年9月より、中国の湖北省
恩施市土家族苗族自治州
というカタ田舎にいます。
日本語教師をしています。
サッカーと旅行と読書と料理、
基本的に多趣味です。

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